小児科医が子育てに奮闘しています。

小児科医は子育てのプロではありません。でも病気に関しては専門家です。日々わからないことだらけの子育てに奮闘しながら、病気に関して役立つ情報を提供できればと思っています。

昔よく行った公園を通りかかって感じたこと。

最近の公園って遊具が少ない?

この前実家の近くを通った時に、小さい頃によく遊んだ公園の横を通りました。

そのときにあまりにもガランとしていて一瞬あれ?と思いました。

 

昔よく遊んでいた回転するジャングルジム(あの地球儀みたいなやつ)

が撤去されていました。

 

通っていた小学校ではターザンロープやのぼり棒、四角いジャングルジムが撤去されていました。正直かなりショックでした。高オニどうやるんだよ。(そこじゃない)

 

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ベンチだけの公園なんて…

最近はリスク管理に神経質になりすぎて子どもたちが危険と思われるものはどんどんなくなっていく方向なのでしょうか。

 

そういえば組体操が禁止される話もありましたね。ピラミッドは危険だから組体操はいらない!下の段にいる人のことを考えろ!なんてあたかも自分の論が正しいと言わんばかりの意見が散見されました。中にはいじめにつながる!教職員のエゴだ!なんて意見も。教職員もたまったもんじゃありませんね。

そうではなくて、どうしたら継続が可能かの議論ができないものかと考えます。議論をしてからの結論でも全く遅くありません。

それって本当に子どものために考えていますか?

日本人は本当に議論が苦手です。国会を見ていても、仕事をしていても、学生時代を思い返しても、議論と呼べる議論を見たことがありません。

日本人の考える議論とは相手の意見の粗探しというか、ダメな点をあぶりだすことに焦点が置かれています。

例えば、公園に遊具が必要か?という議論をしても、「もし事故が起きた時に誰が責任を取るのか?」「メンテナンスはだれがやるのか?費用面は?」なんていって反対派がさも深く考えているような感じで結局否決されます。

 

これでは提案された意見が片っ端から排除され、一部の完全無欠の案がでるまで待つか、多数決という名のもとに強制採択されるかのどちらかしかたどれません

 

そうではなくて上記の例で言えば、どういう遊具なら危険が少ないか、危険な使われ方をしないか。を議論するべきです。

 

例えばのぼり棒の高さを低くしたり、うんていの下を砂場にしたり、ぶらんこに「複数人で乗ったり漕ぎ過ぎは危ないよ」と看板を付けてみたり。

組体操だってピラミッドは5段ではなくて4段にしよう。とか、体操の指導を専門でやっている人に教えてもらおう。とか。

 

存続させるためにできることはたくさんあるはずです。

 

まぁ行政からすれば管理も大変だし、危険もあるものなので、「危険だから撤去しろ」という自称子どもの味方の意見は大歓迎でしょう。

 

自分に子どもができて、色んな遊びを、経験をさせてあげたいなかで、そもそも遊具が少なくなっている現状はとても悲しく感じます。

 

別に小学校の時にあったものすごく高いのぼり棒や、大きなターザンブランコを復活させて欲しい。という話ではありません。

自分も小さいころにのぼり棒から降りる時に火傷したり、回転ジャングルジムで頭打ったりしたので、それらが完全に安全だとは全く思っていません。むしろ危険な面をよく知っています。

 

先ほども言いましたが、行政だってお人よしではないので、「危険だからなくせ!」と言われれば「わざわざお金を出して」遊具を設置してくれたりはしません。老朽化、メンテナンスにも費用と人手が必要ですから。

 

ありかなしか白黒はっきりさせるだけではなくて、お互いの折衷案を探る、議論の中で全く新しい意見を作っていく。そういう考えが必要と思います。

 

子どもがのびのび遊べる空間を残してあげたい。少なくとも公園の遊具で遊びたいと思ったときに遊具がある状況を子どもにも残してあげたい。

小児科医としてよりも親としてそう感じたひと時でした。